本サイトで紹介しているような本格的な味の一覧表はこれまでに作成されたことがない。その背景には五基本味だけが味という通説がある。この通説に則れば、甘味・塩味・酸味・苦味・うま味だけで味の一覧表になる。とはいえ、この通説に拘ることなく作成した味の一覧表の類いも探せば見つかる。
言語学分野の研究者に知られているのは、瀬戸の「味ことば」であろう1)。瀬戸は「味ことば」を闊達に挙げ、それを整理して「味ことば分類表」を作成している。75語の味ことばを分類項目ごとに例示しているので、そのまま味の一覧表ともいえる。しかしながら、「味ことば」を挙げた根拠は示されていない。また、「味ことば」の分類では共感覚表現を重視して、聴覚、視覚、嗅覚、触覚を味に含めるなど、首を傾げたくなる「味ことば」が少なくない。
飲食業界や広告業界向けに、B・M・FTことばラボがシズルワードを作成している2)。ここでは、シズルワードを3つに大別しているが、その一つが「味覚系の言葉」で、97語の一覧表となっている。とはいえ、この表も用語を挙げた根拠が示されていない。また、語が羅列されているだけで、分類がなされていない。気の利いた単語が並んでいる反面、こっくりとかクリーミーなど味の用語としては意味不明なものも多い。
中村は、クックパッドに登場する語を3つのキーワード一覧に整理している3)。その中に「味嗅覚」の一覧が含まれている。「味嗅覚」には53語が掲載されており、その多くは味である。ただし、味の分類はされていない。また、黄金比、癖になる、特選など何故味嗅覚の用語に仕分けたのか不思議な語が散見される。
各種類語辞典(たとえば分類語彙表)の「味」の項も、広い意味での味の一覧表である。類語のグルーピングもなされている。しかし、語を採用した根拠は示されていない。味の一覧表を作成したとは、著者らも思っていないであろう。
以上を通観すると、用語を挙げた根拠が示されていないとか用語の分類がなされていない例ばかりである。また、形容詞とか名詞などの単語だけで表現された例が多く、味が下に付く用語は少数である。その結果、作成者の主観・思い込みが反映されすぎて、味を表現するとは思えない用語が数多く含まれている。
一方、川端らはおいしさを表現する用語を収集している4)。おいしさの表現用語と言いながら、索引をみると味が下に付く用語が251含まれている。ただし、収集に用いた資料は著名な文筆家の著述物などであり、創造的な表現の味が数多く含まれる。また、他の感覚用語と一緒なので、味の一覧表にするには抜き書きして整理する必要がある、もちろん、体系的な整理はなされていない。
海外に目を向けると、韓国の裴の論文が注目できる5)。この論文では、基本味と辛味・渋味以外は形容詞に限定しており、採用した数も6用語である。しかしながら、味を形容詞が修飾した用語としており、基本味に拘わることなく、味の一覧表を作成した、挑戦的な試みであった。
欧米で作成された例を見付けることができない。欧米でも五基本味(四基本味)の捉え方が定着していることもあるが、英語やフランス語では日本語の味をtasteとflavorおよびgoûtとsaveurに使い分けているためと推量している。作成し難いのである。
参考資料
1) 瀬戸賢一:味ことばを調理する, ことばは味を超える, 瀬戸賢一(編著), 海鳴社, pp.27-61, 2003.
2)B・M・FTことばラボ:シズルワードの現在, B・M・FT出版部, p.15, 2018.
3)中村耕史:クックパッドデータから読み解く食卓の科学, 商業界, p.321 2017.
4)川端晶子・淵上匠子:おいしさの表現辞典, 東京堂出版, 2006.
5)裴解水:味に関する形容詞の語集団, 食文化に関する用語集, 食感覚の表現/朝鮮半島, 味の素株式会社食文化・史料室, 東京, pp.52-67,
1986(原著:배해수:맛 그림씨의 낱말밭, 한글, 176, 39-51 (1982)).